今回は完全な雑記です。友人がヨーロッパに行ってきたという事で、お土産にチェコの飴「ハシュレルキ(Hašlerky)」を貰いました。これがなかなか面白い味をしていたので、自分のメモとして残しておきます。
ハシュレルキ(Hašlerky)とは
ハシュレルキ – 象徴的なキャンディーであり、今でもオリジナルです!アニスの独特の風味と、ミント、オオバコ、レモンバームなどのハーブが組み合わさって、皆さんが知っているハシュレルキの忘れられない味と香りが生まれます。このキャンディーは、20 世紀前半の有名な歌手、カレル・ハシュラーにちなんで名付けられました。彼がハシュレルキに残した足跡は、独創性を保ち、自分自身であり続けることが今日でも可能であることを証明しています。
ハシュレルキの黒さは植物炭末色素によるもの
ここではハシュレルキの色について紹介させていただきます。日本だと黒色の食べ物というと胡麻団子やかりんとうなど程度であまりなじみがない気がしてますが、ヨーロッパや北アメリカではリコリス菓子というジャンルで黒色で色づけられているものが販売されているみたいです。
以下Wikipediaの引用
北アメリカやヨーロッパで古くから親しまれ、子供から大人まで幅広い人気がある。食感は飴よりグミに近く、光沢を帯びた真っ黒な色をしている。黒い色は食品着色料のカーボンブラック(炭素)で着色される。
ハシュレルキもリコリスは使っていないですが、植物性のカーボンブラックで着色をされてます。(正確に言うとリコリスを使っているハシュレルキもあるそうですが、ここでは割愛します。)
The distinctive dark colour, derived from vegetable carbon black, and the long, cooling herbal finish make these candies genuinely unique in the broader European confectionery market.
CZECH and SLOVAKのハシュレルキ商品ページより引用。該当箇所の強調はこちらで実施
ハシュレルキもそうですが、わざわざ黒色に染めるということは何か文化的な背景があるのではないかと思い、ヨーロッパにおける黒色の文化について少し調べてみました。
ヨーロッパ文化における黒色の位置づけ
ヨーロッパの黒色文化について調べていたところ下記のような文章を見つけました。
In medieval Europe, black was first viewed negatively. It was associated with sin, mourning, demons, and the unknown. Then its status shifted. From the 14th century onward, due to new dyeing techniques, high quality black fabrics became symbols of power. Dignitaries, wealthy merchants, and magistrates adopted black massively. Austerity became prestige. Wearing black affirmed rank, authority, and inner discipline.
The Color Black. Symbolism and Meaningより引用
google翻訳を使いながらこの文章を解釈すると中世ヨーロッパでは黒は罪や悪魔などの否定的な意味合いで捉えられていたが、14世紀以降に染色技術が発達すると黒色は地位や権威などを象徴する色となったとのことです。(英語弱いので間違っていたら申し訳ないですが)
なので推測になってしまいますが、ヨーロッパのお菓子は黒くすることで高級感を出している意味合いもあるのではないかと思いました。
インドカレー屋さんの「フェンネル」とも香りが似ている
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| https://ameblo.jp/herbfull-life/entry-12124635067.htmlより |
ハシュレルキの主成分「アニス」の効果
①のどの痛みや痰、消化不良に効果がある
アニスには殺菌効果があることから、咳や痰を抑え、吐き気を緩和してくれます。
胃もたれや便秘のときなど、アニスのアロマオイルを植物油(キャリアオイル)に希釈してお腹をマッサージするのもおすすめです。
お腹に溜まったガスの排出を助ける作用が期待できます。
また消化促進作用に優れているので、食べ過ぎや消化不良気味のときなどアニスのハーブティーを飲むといいでしょう。
1877年にハンブルクの薬剤師によって発明されたと言われています。伝説的な歌手エンリコ・カルーソー(1873年-1921年)は、公演前に声帯の問題に悩まされていましたが、この混合物で作られたキャンディーを食べることで救われたとされています。第一次世界大戦前には、ウィーンの会社がこの組成から「カルーソ・フステンボンボン」という名前でキャンディーの製造を開始しました。
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